稽古日誌

剣道の地稽古では縁を大切にしたいものです

人の縁も切ってしまったら修復は困難。

 

社会人の練習は地稽古が中心になるかと思います。みなさんは地稽古をどんな人としたいですか。

 

 

とにかく学生のように激しい打突を見せる人?

打つべき時に打ち込む剣道がきれいな人?

高段位の方のような空間を支配するような剣道をされる人?

 

地稽古は本気で相手をえり好みせずやりたい

段審査にしても試合にしてもどんな方に当たるかはわからないのでその予行演習を兼ねて色々な人と稽古をしておきたい。ここをベースにして今日はきれいな剣道を意識したいから同じ剣道をしてくれる人、試合が近いから学生のようにガンガン打ってくる人、と使い分けていきます。

 

でもですね、「地稽古なのに縁を切る人」とはあまりやりたくないです。

 

 

縁を切る、というのは地稽古なのに一本になった(と思われる打突)ら開始線まで引き上げたりと簡単に間合いの攻防を解除しようとする行為のことです。そういう方、いらっしゃいません?

 

ちなみに地稽古であって自稽古では無いと思う

地稽古とは、書いて字の如く地力を発揮できるかを確かめる(普段の実力をだせているのかを確かめること)稽古です。

「自稽古」という表記もありますが、剣道は一人で行うことは素振りくらいで、相手と対峙している以上は「自」ではないかな~、と勝手に思ってます。

 

閑話休題。

地稽古中では一本を取ったことは重要ではなく。大事なのは例え10分20分対峙しても変わらない持続力を発揮できるかを確かめる場のはずなんです。最初の3分は絶大な実力を発揮するけど、後半になると打たれ弱い、人っていませんか?地稽古はそういうのも含めて鍛える場であるはずなんです。

 

 

地稽古内で有効打突になったらまた開始戦から始めようとする方をお見かけしますが、ぜひ、そのまま稽古を続けさせてもらいたい。

 

 

何本も何本も取られても心を前に向けて、有効打突を取られる前以上に激しい気で仕掛ける、そんな稽古を積み重ねてきた人は試合や段審査でも蹲踞の段階から怖さを感じます。

地稽古=どんな場面で何分経っても自分の実力を発揮できるか確かめる場

逆に何本も何本も有効打突を決めることが出来ても変わらずに攻め続けることが出来るのか、も大事ですね。調子に乗って軽~い気持ちで攻め込んで相手の返し胴や出小手がうっかり当たったら、それでもう敗けなんですから。

 

 

試合や段審査で後半に調子を崩しやすい・剣風が極端な守りになる人は、要注意かもしれないです。一本を取られても集中力を切らさない、縁を切らさない稽古をしてくれる、そんな人と稽古の積み重ねができると良い剣道になるのではないかな、と。

 

 

小学生や・高校・大学生と地稽古をする機会も多いですが、そこは厳しく話をします。「確かに有効打突になり得る打突だったけど、本番では審判がどう評価するかわからないよ」と。一本取った!と思い込んで逆にすぐさま取られた、という事態ほど恥ずかしいことも無いですしね。

いわゆる誤審についての見解は下記に書いてみました。

 

ただし、冒頭でお話したように試合や審査当日で相手は選べません。そのためにも、縁を切りたがる人ともたくさん稽古をして、自分の集中力を切らさない練習を重ねていきたいと思います。

こんな人とも稽古をするのは嫌です

とある7段の先生から「発声の仕方も練習しないといけないんだぞ」と言われたことがあります。確かに、よどみのない発声が序盤でも終盤でもできるのか、は大事だと思います。

 

 

これは完全にわたしの愚痴なのですが、わたしは学生の時から警察の方に稽古をつけてもらえる機会があり、技術面で言えば良い環境に恵まれていたと思います。

 

 

ところが、その時のわたしがどうしても納得いかないことがあって。それが”発声”でした。時々いませんか、「ほら一本取ったぞ~」みたいなちょっと軽く見られているような発声をする方。

 

 

確かに実力差とかを考える方がおかしいくらいなので、手加減されることは仕方ないです。ただ、力は抜いても気は抜いてもらいたくないな、という話です。その発声で、あなたはあなたの師匠に地稽古をお願いするつもりですか?という発声で稽古をしていないだろうか、わけ隔てのない気力を持って稽古に臨みたいな、と考えています。

 

 

こうして考えると地稽古という言葉は意味が深いですね。

まとめ

もちろん、たまたまわたしの知り合いの方がそうだっただけで、全員がそうではないことは存じております。わたしが発声で尊敬しているのは内村良一選手です。そんなことを書きましたので、ぜひこちらもごらんください。

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