稽古日誌

もしも、剣道の地稽古で一つだけ意識するとしたら

少なくともわたしは何個も意識を向けられるほど器用ではないです。

 

 

どうも、ちょんです。

 

 

例えば本屋に行ってみると「デキる人!と言われるための77の習慣」みたいな本がありますが、77個の習慣もあったらもはや別人じゃん、とタイトルの付け方の教科書からそのまま選んだような本は逆に買わないようにしています。

 

わたしにはそんなにポイントを意識することが出来ない!

 

 

 

ということで、剣道でもいっしょで、左手を意識したり左足を意識したり心構えを意識したりしていたら居着き放題です。

 

 

ということで、いったい本当に大事なことは何なのか、を考えてみました。

 

 

手がかりになりそうなのは「手で打つな足で打て。足で打つな腰で打て」。

この言葉で行くと腰で打つことが大事なので腰を意識したいところですが、前年ながら今の私には腰で打つ、がどういうことなのか再現できるほどの力を持っていないです…。

 

ということで、次に大事な足で打つことを心掛けた方が良さそうです。が、しかーし、「腰で打て」には続きがあって、「腰で打つな心で打て」と続きます。

 

 

むしろ「心で打つ」ならなんとなくわかりそうな気がします。結局剣道って心構えが大事で、読みあいに限らず「驚懼疑惑」、つまり

・驚かない

・恐(懼)れない

・疑わない

・迷わない

 

の4つに打ち勝つことを掲げています。確かにここだ!と思える(感じ取れる)タイミングで思いっきり良く打ち込むことが出来れば良い剣道です。

 

 

ということ足で打つことを大事すべきか心で打つことを大事にすべきか。

 

 

わたしは、足で打つことかな、と思います。

 

これは「心が先か体が先か」という考えになりがちですが、これってその日の自分の調子で変わりそうな気がするんです。なので、その日の自分はどっちを意識した方が良いのか、とまずは自分を知ることが大事。

 

わたしの場合、足が出来ていないから心が追い付かないパターンの方が多い気がします。

 

しっかり足を使って攻め込めない⇒なんか打てる気がしない⇒自分のことしか考えられなくなる⇒相手が来るタイミングが全く読めない⇒×

 

という流れ。

なのでわたしの場合、足さえしっかりしていればその他のことに目を向けられる余裕が生まれます。それは心にもゆとりができているからではないかな、と考えています。

 

 

では足の中でもどこのことか。それは左足の内側。

以前の記事に書いたように、左足の内側を意識することでいつでも打てる準備が整います。これは反応が良くなる、という意味ではなく、打つための準備が出来ていないという意味です。

 

 

なんとなく足を意識している時って踏込がダメなんです。鈍い音で「ドン」という音しか出ないんです。

 

しっかり左足の内側を意識している時は「ピシャッ」と乾いた炸裂音が出て、そういうときの打突はしっかり体重が乗れている。これがわたしの良い打突のイメージです。

 

 

そうすると、「いつでも来い!」と思えます。

 

 

なのでわたしの場合、まずは左足の内側。ここが良い剣道の出発点。これが意識しなくてもできているくらいの癖になってから、次のことに意識を向けてみたいと思います。

 

 

すると、そもそもの稽古回数の問題も出てきます。ここを言い訳にせず、素振りなどの一人稽古ではやく身につけていきたいです。