稽古日誌

剣道の価値観から武力と暴力の違いを説明する

どうも、ちょんです。

 

 

戦略、という言葉を辞書で引いてみると「特定の目標を達成するために、長期的視野と複合思考で力や資源を総合的に運用する技術・科学」とあります(by wikipedia)。

 

長期的視野という言葉がポイントで、長い道のりになるので先が読めないことも考慮し、戦いの流れをある程度想定しておくことで勝利まで最短方法を作っておく、という意味になります。「戦い」を「省略」するから戦略。

 

武士の祖先

剣道の理想戦略はたったひとつ、戦わずして勝つことです。武士の成り立ちから紐解けば、西暦で言うと7世紀ごろ、九州を唐の国から守るために集められた兵士の名前が防人(さきもり)と呼ばれたことが由来となっています。

 

つまり、奪い取るための力ではなく、守るための力として用いたのが武力であり、武力は自らのために公使してはならないのです。

 

 

上手の剣道の在り方

この点を視野に入れて剣道を考えてみます。剣道において、上手は下手に対して柔らかい攻め、つまり相手を引き出す攻めを行うことが求められます。

 

それはなぜか。上手が自身から攻めることが常になれば、それは暴力になるからです。単純な話、圧倒的な力量差があって一方的に攻撃をすることは剣道の価値観から、常に正しい行為とは言えないかもしれません。

 

 

だからこそ、上手は相手を引き出せないといけません。応じる・乗るを駆使した剣道をする、つまり表面的な動作の起点が下手発信である剣道を展開することが教える側にとっての武道となります。

 

 

なので、下手は打たれて当たり前。自分の攻める力がどれくらいあるのか、どこに欠点があるのかを鏡のように表すのが上手の役目なのだと思います。

 

 

 

すると、1の相手に10で勝つ必要が無いことに気づきます。相手が1で来たら、そっと+1にして2でお返しすれば良い。それが人を活かすことに繋がっているのだと思います。

 

 

 

まとめ

暴力:奪うために公使する力

武力:相手が力を行使してきたら公使する力

 

もちろん、剣道を極めるうえで仕掛ける、崩すなど、自ら攻める力が無ければ相手を引き出すことは出来ません。大切なのは、自分が一方的な力を見せつけるための稽古になってしまっていないか、ただの根性論の稽古になっていないか、という確認が誰しも必要ということです。先生と生徒の立場がわかりやすいかもしれません。

 

 

それ自体が悪いこととは思っていません。時期によってはそういった稽古が必要な時があることも知っているつもりです。力を持つものの責務として、攻める剣道以外に竹刀で対話をする剣道、乗る剣道を教えられると剣道の世界がもっと広がっていくのだと思います。