稽古日誌

剣道高段者の攻めを真似して竹刀も止めてはいけない

前回は足を止めてはいけない理由を書きましたが、では竹刀はどうでしょう?「中心を崩さず真ん中を攻めろ!」とアドバイスをいただくこともありますし、ビタッと相手の真ん中を制することが大事なのでしょうか?

 

 

今日はそんなお話です。

 

竹刀で中心を取る=竹刀を相手の体の真ん中めがけて構える ではない

「竹刀」の画像検索結果「竹刀」の画像検索結果

自分の竹刀と相手の竹刀の幅分を足した円、つまり成人男性の竹刀の先革の厚さが26㎜なので×2、おおざっぱに言っても構え合ってから直径6㎝の円の範囲であれば、どこからでも中心を取ることは可能です。剣先をこの円から出してしまうことはあまり有効な一打にはならない、とされています。実際、その通りだと思います。

 

中心とは「打つならいまだ!」という機会を得ることであり、物理的な現象を指す言葉ではあまり使われていません。

 

 

その前提で話を進めてみますと。次の通り。

 

 

 

 

課題1)一点に構え続けていると力みませんか?

「中心を取る=相手の真ん中めがけて竹刀を構える」だと思っていた時期がありまして、その場合って「中心を取るぞ!」という気持ちが強すぎて腕に力が入っていたんですよね。あの当時は、稽古が終わった後の腕の疲労感が半端ではなかったです。

 

竹刀を持つ状態の大原則である、剣先から簡単に竹刀を引っこ抜ける状態にはなっていないため、手の内も固く、良い打突が出来ていませんでした。

 

 

 

課題2)止心の状態になっている

「剣道」の画像検索結果

わたしはこの状態が多いです。「絶対に三所避けしないぞ!」という一点の気持ちが止心(気持ちが一点に留まってしまうことでほかのことを考えられず、柔軟な対応や動作が出来ない状態)になってしまいます。その結果、確かに構えは崩さないのですが、結果的に居着いた状態となってしまい、近間に入られて打たれる、というのがわたしが負けるお決まりのパターンです。

 

 

竹刀はゆらゆら漂わせよう

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この表現だとちょっと力を感じづらいのですが、大事なのは攻め口や中心を取る機会を見出すために表から以外にも裏に回してみたり、上から抑えてみたり、下から小手を打つように同様させたり、という行為の連続が攻めにつながってきます。

 

 

 

まとめ ~「見の目弱く、観の目強く」

高段者の方々は竹刀を使わずとも対処できる術があり、その過程の攻めや仕掛け、作りも習得されているので、表面的に止まって見えても実は内面では常に変化されているということだと解釈しています。

 

と、足を止めてはいけないの時と同じ結論になりましたが、つまり高段者の方々は目に見えないところで勝負をしている、ということなのだと思います。基礎を修練中の我々は、物理的な助けも借りて、攻め気を相手に伝えるよう精進すべきなのだと思いました。

 

 

行く末は「見の目弱く、観の目強く」でありたい、という先人の格言の通りですね。