稽古日誌

剣道のスランプとは「相手を観ていない」状態であることに気付いた話

なんか今日は竹刀が重く感じて振れている気がしないな…。

そんなことがきっかけで自分の実力が発揮できなくなってしまい「あ、俺スランプだ」と思ってしまう瞬間、ありますよね。

 

私個人の経験で言うと、スランプって思い込みだと思っていて

もっというと

スランプと思っている時は自分のことに必死で相手を見ていない

と思っています。

 

今回はスランプの仕組みを考えてみたいと思います。

スランプを感じる瞬間って?

調子が悪いことを「スランプ」や「ブランク」と表現しますが、ここではスランプで統一します。

で、スランプを感じる瞬間って剣道で言うと

1)なんか竹刀がいつもより重く感じるなぁ

2)あれ、なんか体まで重く感じるんだよなぁ

3)なんだろう、いま打ち込んでも全然相手に当たる気がしないんだよなぁ

4)なんか最近一本取れる気がしないんだよなぁ…。

とこんな順番で最初は体が重いとか遠い場所から打ち込めなくなったとか自分の異変の察知からはじまります。

それが気持ちに影響してしまうのがスランプに陥る流れだと思っています。

 

 

つまり、スランプの正体とは

普段の自分がイメージしているパフォーマンスと実際のパフォーマンスとのズレが起きてる

これが原因ではないかなと思っています。

普段出来ていたことが出来なくなったからスランプだと感じるわけですね。

 

 

しかしこの理屈だと年齢を重ねる毎に全員がスランプになってしまうことになってしまいます。

 

ただ、現実を見てみると70歳の剣道7段の先生方は筋骨隆々な大学生と相面になっても打ち勝っています。

もちろん、7段の先生はムキムキマッチョではないですよ。

 

つまりもしもスランプがあるとしたら、それは自分自身のパフォーマンスの問題では無いのだと考えられます。

高段者になればなるほど相手を観る目が強い

宮本武蔵が言うところの「観の目強く 見の目弱く」ですね。

自分を見るだけでなく、相手も見る、と自分の意識を内側ではなく外側に持っていくことが大事だと考えています。

それを図にしてみましたし↓

 

↓↓↓

初めてあった人と会話をしたとき、まずはお互いを知るための自己紹介をします。

ところが自分が話したいことを5分も10分もずっと話をされても相互理解にはならないと思います。

 

 

 

スランプもいっしょで自分の状態だけを見ることに固執してしまい、相手を見ていない、という状況になっている、ということだと思います。

 

 

相手を視ていないと「じぶん絶好調」 くくく 「お相手絶好調」に気付けない

⇒自分の今日の面打ちは絶好調だから、面打ちで押して行った方が勝てる!

⇒相手も面が得意。しかも相手は絶好調であることに気付いていない

⇒こっちが面を打ってもかする気配もしない。

⇒結果、お相手に面で一本を取られる

自分の調子が良かったとしても、相手は絶好調の自分より実力が上なのかもしれません。

仮に実力はこっちの方が上だったとしても相手に隙もないのに打ち込んでも一本を取れないです。

 

 

なので高段者の方になると相手の鮮度を見て調理方法を変えられるのでスランプが無いんです。

 

高段者の方は立礼の段階で探りを入れ始めており、立ち上がりからは

「この人どういう人なのかなー

「何が得意なのかなー」

「何をされるとイヤがるのかなー」

と竹刀を使ったり、体を入れたりして崩れるポイントを探っています。

 

 

つまり「絶対にこの技で勝ってやる!」と言う固執が無いんですね。

それは相手と自分を見て剣道をしているからであって、むしろ身体能力や体調に頼らないからこそこういった情報を大事に出来ると言い換えられます。

これを日常生活で応用すると①

これをご覧いただいている方の中にはゴルフをされる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

 

ゴルフは対人ではないですが、地形や天候を視るなど、同じことが言えるのだと思います。

「ドライバーの飛距離に自信があるから常に1番を使う!」ではフェアウェイの面積が大きくない繊細なコースで相性が良いのか、すごい横風が吹いているのにも関わらずそれでいいのだろうか、といかにその時のコースの状況を読み解くか、は大事なのだと伺っています。

 

これを日常生活で応用すると②

勉強にしてもそうです。

わたしは大学受験に関わる仕事をしていますが高校生に問題を出す人の意図を読み取って問題に答えなさい、と伝えています。

 

 

例えば、大学受験の模試では英作文という、日本語を英語にする問題があります。

「ジョンが「もっと自分を大事にしろ!」って言ってくれたから、わたし自分の日常生活を見直してみたの」

これを英語にする問題です。

高校生からすれば答えがどうなるかわからないので模試が終わった後に放置することも多いです。これではもったいない。

 

 

受験がうまく行く人は、例え最初はメチャクチャでも、自分なりに自己採点をします。

ここで、関係代名詞を使ってるから2点はくれて、すると20/55点は付いているだろう、といった具合に採点基準を探っています。

こうすることで「何を書けば正解になるのか」ということを判断する練習をします。

 

 

 

 

やはりどの世界でもベストを出すために自分以外のことに注意を向けられることに意識を置くと良い結果に繋がりそうです。

まとめ ~彼を知り己を知れば百戦危うからず~

孫子は「彼を知り己を知れば百戦危うからず」と言いました。

孫子から言わせれば「身体に覚え込ませるくらい実践すれば自分のことは良く分かってるのと一緒なんだから、彼を知ることに力を注ぎなよ」と言っているのかもしれません。

 

 

剣道は5歳児でも出来ますし、75歳でも出来ます。

それは筋肉といった身体能力ありきの習い事ではないからです。

長く続けられるからこそ、その年齢に適した生き方が出来ていればスランプに捉われずに前を向いて生きていけるのではないか。そんな風に思っています。

せっかく好きでやっているのに「俺も年を取ったな…」なんて思いたくないです。

 

 

決して身体能力に頼るのが悪いということではありません。

自分の特徴を活かすことは戦術としては当然だと思います。

 

 

大事なのは、その時の自分に応じて自分を変えていくことが出来るのか。

つまり、変化に適応できる力を養っておくことが大事だと考えます。

剣道はそれが顕著ですからね。

 

 

剣道は色々なことを教えてくれる。

だから、わたしは剣道が好きなのだと思います。